ハズミを入り口にしてハゲミ

ハズミは、もともとハズミなんだから。「ぁ、こんなふうになってしまった」というのがいいわけで、これが本格的ハズミなんだなあ。子というタレ トはディレクターと、ほんのハズミで結婚したものさ。スタジオの上から、照明機具が 子の頭の上に落ちてきたのを、ディレクターは、身を挺して守ったというだけのことだ。あれがもし、落ちてこなかったなら、二人は結婚していないというわけだ。が、これで、万事うまくいけば、めでたしだが、世の中は、そうはいかないものでねえ。ディレクターは、借金背負って蒸発してしまったんだよ。 子、可京そうに、夫の失綜宜書出して待ってるんだがね、彼の行方はわからない。ハズミで結ばれ、ハズレてしまったケースだよ。どうも、ハズミというのをチャシスと自分で納得して、自分の方から積極的に行く方がいいようだなあ。ハズミを待っていて、さあ、向こうから来ましたといった具合に、消極的になっていくのは、どうも世の中うまく渡れないような気がするんだよ。ハズミを育てていくだけの気力がないと生活出来ないと思うんだよ。恋愛でも、結婚でもねえ。ハズミを入り口にしてハゲミになっていかないことには、世の中面白くも楽しくもないねえ。子のように、振り返って、ああ、新しいハズミが欲しいといってるようじゃ、夢は生まれてこないような気がするなあ。そういう心境でね、人工的ハズミをつくっても、どれもハズレに終わりそうな気がするんだなあ。本当は落ちてるのは自分なん記お嬢さん。あなたたちが、旅に出るというのも、ハズミを期待して行くから駄目なんだよ。ハズミを期待しないで旅に出てこそ、ハズミが生じるわけだよ。旅に、ある期待をもつより、ある目的、目標をしっかりもった方が、素晴らしいハズミがやってくるというものだよ。これは、 の会社勤めにしても同じことだよ。仕事が楽しくて、仕事に目的意識をもった には、いい男性がハズミで生まれるということさ。「あれほど、会社の中で楽しげにやっていて、目的をもっているんだから、家庭に入ればいい女房になるぜ」ということだよ。学生だって、そうだよ。それが、日常生活がつまらないって顔していたら、誰も寄りつかなくなってしまうということじゃないかなあ。「家で、あんな顔された日にや、おれはお手あげだぜ」ということになってしまって、自分を売りそこなうわけだねえ。旅に出て、風景眺めて歩くなら、絵葉書を眺めていた方がいいね。